栄養療法の普及
近年の社会環境の複雑化は疾病構造にも変化をもたらし、歯科医院でも以前ならそう多く診ることはなかった病態の患者さんが増えてきました。例えば鬱や発達障害などの精神疾患・糖尿病・がん・PMS・不妊などであり、これらは医学が進歩しているにも関わらず、減るようにはまったく見えません。
しかしこのような事態に光明をもたらす方法が、2000年以後に普及してきました。それは病気を薬ではなく「基礎医学である生理学や生化学の理論に基づき、生体が本来必要としている栄養素量を最適化することで改善する」という《栄養療法》です。
すでに医師だけでなく、国家資格を持たない一般人にまでその指導者が現れるほどになっています。
歯科における栄養療法の現状
何かしらの栄養療法を学んできた歯科医師の数は、かなり多いようです。しかしその知識を臨床応用し、さらにそれを収益に繋げている歯科医院は少ないと考えられます。
例えば大手医療機関向けサプリメント会社のデーターによれば、全登録医療機関中、歯科医院は3~4割にのぼりながら、歯科医院への売上は1割に遠く及ばないそうです。
もちろん栄養療法はサプリメントを売る事が目的ではありませんが、それにしても少なすぎます。この数字を見ただけでも、歯科臨床における栄養療法の実施例はかなり少ないと考えられます。
これは一般的な歯科臨床が栄養とは直接関係ない「モノづくり」や「形の変更」などのテクニカルな部分に偏重しているという、医学の一分野としては極めて特殊性が高い事に由来するからではないでしょうか。つまり保存・補綴などに栄養療法を落とし込むことが難しいということです。
一方、志の高い歯科医院では管理栄養士を雇用し、子育て支援や口腔機能低下症へのアドバイスなどを行なっています。しかしそこに課金することが難しく、ボランティアで終わっているところがほどんどと聞きます。このままでは医院の評判は上がるかもしれませんが、経営を圧迫し続ける事になります。
以上のように多くの歯科医師が栄養療法がすばらしいものだと解っていても、その知識を活かすのが自分や家族スタッフのため、またはボランティアで終わっている人が大半と考えられます。これは厳しい言い方をすれば「趣味」で終わっているということです。
このままではせっかくの知識を社会還元することはできず、世の中を良い方向に変える力にはなり得ないでしょう。
栄養療法の問題点
再度栄養療法の世界に目を転じると、現在は当初考えられていた状況とは異なり、問題点も指摘されるようになってきました。
栄養療法はまず先人の努力により、一般的な血液検査データーから不足栄養素・活性酸素の影響・代謝状態の評価などができるようになりました。そしてそれを解決するためには食事改善だけでは間に合わないので高品質のサプリメントを使う、という解りやすい説明がされてきました。
しかし実際には単純に摂取する栄養が足りなかっただけでなく、吸収や利用障害、そして消費過多による相対的な不足が大きいことが指摘されるようになってきました。つまりその対策を同時に行わなければ栄養療法の効果は限定的で、それを知らずに摂取量を増やしてもコストが嵩み離脱者が増えるいう事です。
栄養療法の効果を阻害する原因の一つに消化機能の低下、つまり胃腸の不調があります。タンパク質は胃腸でアミノ酸に分解されなくては吸収されませんが、日本人は欧米人に比べ胃酸や消化酵素の量が少なく、いきなりタンパク質を大量に摂取すると消化不良でかえって不調が助長される傾向にあります。またストレスは胃腸の運動を止め、副腎疲労で栄養消費量は大幅に亢進します。
したがって、不足分をただサプリメントで補給すればすべて解決という安易な発想のままでは、栄養療法の評判を落としかねません。
機能性医学とは
栄養療法とは、分子栄養学や分子整合栄養医学(オーソモレキュラメディスン)と呼ばれている学問に基づいた臨床をさしますが、そのオリジナルは北米にあります。したがって日本人にそのまま適応するには無理があります。
すなわち食文化・腸の長さ・消化機能の弱さ・腸内細菌叢の違い・ストレス過多など日本人特有の条件を総合的に考慮しないと効果が発揮されません。そのため今はどこの栄養療法の講座でも、消化管や副腎疲労の話をしています。
するともはや栄養療法という名称は学術的に不自然で、もっと広い視点で患者の栄養や代謝を診ていくのに相応しい名称が必要になります。そしてそれが本会の名称の一部にもなっている《機能性医学:Functional Medicine》です。
機能性医学はアメリカのJeffrey S. Bland氏によって創出された概念です。ChatGTPに「機能性医学とは何ですか?」と訊くと、以下のような答えが返ってきます。
機能性医学は、病気や症状を治療するために、人体の機能や代謝に焦点を当てた総合的な医学的アプローチです。
機能性医学は、根本原因を治療し、健康な生活を促進することに重点を置きます。
機能性医学のアプローチでは、患者のライフスタイル、食事、ストレス管理、睡眠、運動などを改善することが重要であり、患者の生活の質を向上させることを目的としています。
また、機能的医学では、栄養素不足、アレルギー、環境毒素などの潜在的な問題を検出し、これらを改善することで、病気のリスクを減らすことも重要な目標とされます。
機能性医学は、西洋医学の手法や薬剤を組み合わせた総合的なアプローチであり、患者の病歴、症状、生活環境、家族歴などを総合的に評価することで、より効果的な治療法を見つけることができます。
以上によれば栄養療法は、機能性医学の中の重要な一分野ということになります。今後は医療関係者の中では時間をかけてこの名称が使われて行くことになるでしょう。本会が名称に”栄養療法”や”分子栄養学”ではなく”機能性医学”を用いているのは、このような理由によります。
ただし機能性医学といいう名称は患者さんには解りにくいので、臨床では平易に《栄養療法》と言う方が適切と考えています。
歯科機能性医学とは
本会は歯科機能性医学を標榜しますが、これは代表の吉田格の造語で、機能性医学の歯科・口腔外科分野への応用を意味します。
もし名称を機能性歯科医学としてしまうと、既存の咬合・顎関節・神経筋機構を対象とする学問と混同されてしまうため不適切と判断しました。
本会の設立背景と今後
2023年3月26日(日)、私(吉田格)は溝口徹先生が代表を務める一般社団法人オーソモレキュラ栄養医学研究所のONP・ONEディプロマ授与式に招かれ、僭越ながら祝辞を述べさせていただきました。
会場には栄養療法を勉強してきた人が180名以上も集まっていましたので、良い機会なので私は壇上から「歯科関係の方はどれくらいおられますか?」と呼びかけてみました。すると20名くらいの方が手を挙げられました。
その後その中の何人かとお話したのですが、みな他の人たちが栄養療法をどう試行錯誤しているのかを知りたいとの事でした。
私は自由診療専門で開業しているのでまだ導入ハードルは低いのですが、保険医療機関では混合診療の問題も含めて難しいことは承知しています。
しかしこのままではいけないということで、同じ志しを持ちながら悩みを持つ仲間が集まり解決し合うための場が必要である旨ご提案をいただきました。それが本会の副代表をお引き受けいただいた今野詩帆生先生です。
2023年4月24日(月)、私は今野先生と2度目の会談をしトントン拍子に合意。会の名称を《歯科機能性医学研究会》とし、会務の素人二人の手弁当でこの会は発足いたしました。
本会は前項に挙げた目的を達成すべく、歯科医師法などの法令を遵守し、微力ながらも活動してゆく所存です。会員の皆様は決して受け身にならず、積極的な参加や発信をお願いいたします。
文責:吉田 格 2023-05-03